癒しの音楽フー

ライナーノーツ

ピュアな気持ち

癒しの音楽 フーさんのピアノ作品集「ピュアーな気持ち」を聴いて

しま一奇

 フーさんは心やさしいピアニストです。


 人に対してはもちろんですが、うさぎや鳥や草花や昆虫など、生きるものすべてをいとおしむ心の持ち主です。

汚れた水も、彼女のハートに浸透して、その指先から一滴一滴つむぎ出されると、純水に変ってしまうかのようです。
フーさんのピアノは一種の「濾過装置」だったんですね。

このCDに収められた14曲は、さしずめその濾過装置から滴り落ちた「澄み切った水」のようにおいしく、心を癒してくれます。


フーさんは長年のブログを通じての友人です。人や自然をありのままに受け入れる性格なので、ブログの上で交わされるコメントに対しても素直に反応されます。たとえば、誰かが「私は寂しい」と書く。フーさんは「あなたは寂しいのですね」と確認した後、「どうか元気になってくださいね」とやさしい言葉をかけられます。ちょっとひねったり、屈折したコメントはされません。反射角は入射角に等しいという大物理原則にのっとっているので、誰もがほっと安心して心を癒されるのです。


 フーさんの周りには、音楽好きのブログ仲間がたくさん集まります。ある時、「ピュアーなブログ」「ピュアーなおじさん」という言葉がはやりました。ブログを立ち上げたときには純粋な音楽記事を書くつもりが、だんだんハチャメチャなお笑いブログ化していく自分を皮肉った自虐的言葉なんですが、なぜか、この「ピュアー」という言葉にインスパイアーされて、フーさんが、曲を作り始めたんです。最初の曲「ピュアーな人たち」がアップロードされた時には、誰もが半分ジョークと受け取りました。しかし本人は真面目そのもので、じつに美しい旋律と音の連なりに満ちていて、すっかり純粋さを失ったおじさん、おばさんたちは度肝を抜かれたのでした。


 ここがフーさんのたいへん面白い、普通の人の感性とは違うところです。このCDの9曲目に「へびいちご」という曲があります。そのサブタイトルは「ピュアーな気持」です。へびいちごはとても可憐な野草なのに、名前が悪いためにみんなから嫌われてしまう。可愛そうですね。というのがフーさんのメッセージです。じつにピュアーな、フーさんらしい情感だと思いますが、その後、このへびいちごの実をたっぷり摘んできて、ジャムにして食べたら、とてもおいしかったというくだりがあって、大笑いしました。フーさんにかかったら、おいしく食べてあげることも愛情のひとつなんですね。


 なかなか面白い人でしょ!


 わたしは昔からヒーリング音楽が好きで「Feel」のシリーズなどをよく聴きました。ヒーリング音楽には癒し効果があるといわれてきましたが、ある時それは嘘だと気がつきました。聴いている時は気持ちがいいんです。聞き終わると、ますます飢えがつのります。さらに深い焦燥感に襲われることが多いんです。たとえていいますと、マッサージされている時は気持ちよろしいが、終わってみると肩こりが治るどころかさらにひどくなっていたのと同じです。もっと嫌いなのは、リラクゼーションの店で、実際にマッサージをしてもらっている時にかかる音楽ですね。単調な電子音で抑揚のないアルファー波を演出しているつもりでしょうが、いらいらしませんか?


 しかし、フーさんのピアノは同じヒーリングを志向していても、ちょっとちがいます。聴き終わった後味がいいんです。理由を考えてみました。分かりました。マッサージ屋のBGMのように、単調な旋律のリフレインで催眠効果を上げようと言う魂胆はありません。彼女の旋律は「バラッド」といっていいほどメロディックで美しいんです。しかも、フーさんの素直な感性から出てきた音には過剰な装飾がありません。その微妙なバランスの良さが、聴いた後の心地よさの持続につながっているんだと思います。


 俳句で言えば芭蕉です。

 「古池や蛙とびこむ水の音」


 音によって静寂が際立つ世界。


 このCDでわたしが好きな曲、たとえば2曲目のチャーミングなメロディを持つ「こころの言葉」、7曲目のエリック・サティを思い起こさせる「瞑想」、14曲目の抱きしめたくなるように愛らしい「星は優しいキャンドル」などは、そのままでジャズのスタンダードにもなりうるような歌える曲ですね。


 フーさんは高校生の時に生のパイプオルガンでバッハの「トッカータとフーガニ短調」を演奏されています。若いときから静謐なバロック音楽の世界に足を踏み入れています。その後女性だけのバンドで、ドラムを叩きながら歌うという荒業にも挑戦しています。この音楽的な振幅の大きさだけ、彼女の音楽世界も深いといえます。


 現在はピアノ教師をしながら精力的に自然の情景を鍵盤に写し取っておられます。今年1月に亡くなった彼女のお父さんは、闘病中、フーさんの曲をご自分でCDに落として、毎日聴いておられたそうです。たった一人の素晴らしいリスナーは、何百人の聴衆にも勝るといいます。愛するお父さんのために、彼女はピアノを弾いてきました。いまはお母さんのために弾いているそうです。とても素直で無理のない作曲のモチベーションが存在しているということ。これがきっと、彼女の音楽を筋の通った、強いものにしているのだと思います。純粋なフーさんの愛のかけらを、わたしもこのCDから頂きました。「澄み切った水」のように心をうるおしてくれました。ありがとう、フーさん。


(2008,6,8)

♪ この、ライナーノーツを書いてくださったShimaさんは、『しま一奇』のペンネームで小説を書かれているほか、ブログセッション等でサックスを吹かれる音楽家です。

また、某企業の役員・某大学の客員教授など等多才な氏は、私のブログのお友達です♪